日記 「私」は存在しないのに、なぜ「何でもできる」のか?
こんばんは! UMMOです。教材の「悟りとは」の章で、「私」という個人は、「存在しない」と説明しながらも、教材の「序 · はじめに」では、仕組みを知れば、本来のひかりへ戻る 「あなたは、何でもできる。」 — これは比喩ではない。仕組みを知った人間の、実際の話だ。と書いてあります。「私という個人は存在しない」と言いながら、なぜ「あなたは、何でもできる」と言い放つのか?「おいおいUMMOさん、言ってることが真逆じゃないか」と思われたかもしれません(笑)。ですが、ここが一番面白くて、一番大切な「仕組み(カラクリ)」の部分なのです。結論から言いましょう。「ちっぽけなエゴ(個人)の私」には、何もできません。 しかし、「本来のひかり(全体)としてのあなた」には、最初から何でもできるのです。少し紐解いてみますね。あなたがこれまで「私」だと思ってきたもの。 それは、過去の記憶や「こうあるべき」という観念、あるいは「私はこういう人間だ」という思い込み(エゴ)の寄せ集めに過ぎません。「私」という個人が頑張って何かを成し遂げようとするとき、私たちはいつも「限界のあるちっぽけな私」という枠組みの中から世界を動...