日記 ああ、そうか!
おはようございます。UMMOです。社会に適応するには、「正しい人」である必要があるのですが、「正しい人」っていつも怒ってませんか?「正しい人」である以上、我慢に我慢を重ねて、私はこんなに頑張っているのだから、不公平だとか色々な感情があるのでしょう。「正しくない人」と判断すると、人を責めることでそれをアイデンティティにしていくから、困る。僕も普段はそんな人間かも知れませんが、「正しい人」っていつも欲求不満を潜在的に抱えているから、表層的な対応しかできません。僕は出来るだけ、潜在的なあなたにメッセージを届けるようにしています。建前ではなく、本音で。「正しい人」って、存在するのでしょうか?誰しも間違う事は、普通だし正解は建前の中にしか存在しないように思えます。ただ、それまでの経験や情報量が少ないと、「許せない」って感情が強く出る傾向にあると思います。「私もそういうことあったよなぁ」と思うと、共感して人を責めることが出来なくなって行きます。特に肩書が重かったり、責任感が強いと、どうしてもそういう人物を演じないといけないから、相当なストレスになると思われます。「正しい人から楽しい人へ」(小林正観...